Yです。

今日はバカ盛りしたかったわけではないのです。

所用で西武新宿線方面に行っておりました。無事所用を済まし帰る道すがら、そういえば帰り道には高田馬場がある、一度くらい高田馬場めぐりをしても悪くない、と思い立ちました。私は高田馬場といえば遥か昔にえぞ菊くらいしか行ったことがありません。思えばえぞ菊に行ったときはまだバブルの真っ只中、われわれ学生陣はおしゃれに夕方の六本木に繰り出して当時は有数の美味しさであったかおたんラーメンを食した後、まだ夜も更けない六本木には後ろ髪引かれる思いもなくそそくさと撤収しそのまま車で一直線にえぞ菊にきたことを頭に浮かべつつ、高田馬場で途中下車しました。(ちなみに往時はその後当時環七ラーメンといわれた土佐っ子に行ったあと飲み会となった)

そんな思い出からはや15年、久しぶりに降り立った高田馬場は小雨のぱらつき何かしらよそよそしい風情を感じさせておりました。時計はといえば夜7時をまわったころ、早稲田の学生の波に逆行しながら早稲田通りを歩いていくと、韓国料理店、焼肉屋、焼き鳥屋、定食屋、居酒屋などありとあらゆるB級飲食店が私を招こうとしましたが、どうも入る気になりません。そのうち明治通りに近づいたところで「スガキヤ」の文字が目に入りました。私は中部の生まれにもかかわらずスガキヤには入ったことがありません。これはと思って近寄ってみたのですが、店内はひとりの客もおりません。私は店の前まで行ってユーターンしそのまま明治通りをわたりました。

 「たしかえぞ菊はこのあたりだったな・・・」

と昔の思い出を辿りつつ行きあたったのがこの店です。

 「七福神http://www.ramendb.com/shop.php?sid=255

扉を見ると、池袋大勝軒系つけそばとあります。池袋大勝軒系は先月の大斗以外行ったことがありません。ここでもう1件いてみておこうかと思い暖簾をくぐりました。

そして、何事も基本に忠実にということで、

 「もりそば、大盛りで」

と注文しました。

カウンターはかなり混んでおり、少し待つだろうなと思い水を飲んでいると、隣席の早稲田生らしき男性のところに注文の品が出てきました。

 「はいよっ、もり野菜ねっ!」

そのもりはふつうのラーメンの器にかなりの量のそばが入っております。

 「へぇ、おおもりは結構な量あるな・・・」

と思ったのもつかの間、

 「そういえばさっき店員は『もり』といっていたぞ。大盛りはあれより多いのか・・・orz」

と先行きに少し不安を感じ始めました。

繰り返しますが、今日はバカ盛りしたかったわけではないのです。

隣りのもりを見てカウンターの隅で不安になっていた私が

 「まあせっかくだから食べてみよう」

と気をとりなおした瞬間、ことは起こりました。スーツの右腕でごそごそと何かが蠢く気配・・・ハッと見るとそこには幾億年の昔より麺の歴史、もとい動物の歴史を支えてきた崇高な黒光りする昆虫様の姿が!

 「うわっ!」

と私は素っ頓狂な声をあげ、右手を振り払いました。ゴキはボトッといって床に落ちたようです。隣席のもり野菜の学生さんもゴキが目が入ったのかぎょっとして手が止まりました。しかしすぐさま、私たちはこうした店の礼儀として、当然床にゴキが落ちたのを確かめもせず、何事もなかったかのようにお互いに振舞わなければならないことに気づきました。つまり、彼はもり野菜を食べ、私は大盛りを待つというそれぞれの作業に戻ったのです。

さてそれから数分後、いよいよ大盛りとの対面の瞬間が来ました。それは大斗の褐色の麺とは異なり、とても上品であり美しい乳白色をしておりました。例えていうならば前者は汚ギャルであるのにたいして、この麺は清楚な女性のようです。彼女を箸で一掬いしつけ汁をつけ口に運ぶと、それは本当に上品なもち肌のようなすばらしい舌触りでした。

 「もち肌っ!?」

私はそこではっと我に返りました。ラーメンの麺はコシがあるのが当然であり、もち肌のような麺など言語道断です。それは茹で過ぎというのです。しかも、つけ汁は多少酸味は利いているものの、非常に甘い。正直言ってこれは受け付けない。

 「これをお椀いっぱい食べるのか・・・」

これは私にとっては試練です。ひょっとしたさきほどのゴキは私にこのことを忠告してくれようとしていたのかもしれない。ゴキよ、おまえの気持ちがわからなかった私を許しておくれ。

しかし、私は親の遺言で、一度眼前に配膳された麺を残すわけにはいきません。私は一心不乱に麺との格闘にいそしむしかありませんでした。なぜそうまでして私は麺を食べなければならないのか。なぜならそこに麺が厳然として実存し、それは疑いようもない事実であるからです。

つけ汁にはメンマ、卵、チャーシューと葱が入っておりましたが、どれも特筆すべきほどのものでもありません。敢えて述べるならばチャーシューは筋っぽくて噛み切れなかったくらいでしょうか。この勝負に具はなんら意味をもたず、あくまでも私と麺という個と個との闘いなのです。

麺との対決を開始してより10分あまり、ようやく麺をすべて片付けると私は隣席のもり野菜氏に会釈をして店の外に出ました。よく見るともりは300g、大盛りは600gとあります。量は大斗とおなじでした。しかし今日のはキツかった。

私は気分も悪くなってしまい、腹ごなしにそのまま早稲田駅まで歩くことにしました。するとこの店のすぐ先にえぞ菊のほか、一風堂、桂花など私のよく行く店があります。さらに早稲田大学に近づくと定食屋もあります。ふらり思いつきで店にはいらずもう少し歩きさえすれば、こんな苦しい思いをしなくともよかったのです。しかしあの店に入らなければ出会うことはなかったであろうゴキ、その一期一会に甘酸っぱい思いを馳せつつ、私は歩いていきました。いや、この甘酸っぱさはさっきの甘ったるいつけ汁がまだ口の中に残っているだけか。

定食屋にはいかにも早稲田の学生風な若者たちが黙々と食べております。中華料理屋にはアインシュタインのような爆発した白髪頭の怪しげな中年が何かを食べています。

 「そういえば昨年アインシュタインにそっくりな使えないヤシがいたなぁ」

と思いながら私は早稲田通りを東に歩いていきました。

途中で今日は月曜日であることに気づき、ふらりとAMPMに立ち寄ってスピリッツを手に取りました。実は先週からの「美味しんぼ」の新シリーズがとある掲示板で物議をかもしているのです。「美味しんぼ」では以前もイベリコ豚を食べたら癌が消えたというトンデモな話を掲載していましたが、今度はなんと医師に正式に診断された「うつ病」を料理で治すといううつ病患者から非難ごうごうとなることは間違いない血迷った話を掲載しているのです。ここまで露骨に不勉強な例は、現在モーニングで連載中の「G.I.D.」に匹敵します。こちらもある意味必読です。

私は「美味しんぼ」が予想通りうつ病に関する無知満載の展開をしていることを確認するとまもなく早稲田駅に到り、そこからメトロで帰宅することにしました。

そうそう、満腹であまりにも気持ちが悪くこのままではいけないので、途中で購入したマンゴープリンとトロピカーナのオレンジジュースを家で食したことは言うまでもありません。